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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)6424号 判決

原告 東京手帳製造株式会社

右代表者 市岡茂一

右代理人弁護士 所沢道夫

外二名

被告 小林靖司

右代理人弁護士 柴崎四郎

被告 船戸泰三

主文

一、被告小林靖司、同船戸泰三は各自原告に対し六万八千三百二十円、及びこれに対する昭和三十二年八月十九日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、他の一を被告両名の負担とする。

四、この判決は原告が被告両名に対し各金二万円の担保を供するときは主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告が各種手帳の販売を営むものであり被告小林、同船戸が青少年文化福祉協会という名称を使用して被告小林が右協会の会長、同船戸がその常任理事として精神薄弱児指導学園開設のための事業を営んで来たことは当事者間に争がない。

そして原告と右協会との間に原告主張の本件契約が成立し二千冊の手帳を引渡し之が代金の支払をうけたこと及び原告がその主張の頃残二万八千冊の製作を完了し協会に対し之が引取りを求めたことは被告船戸の認めるところであり被告小林は之を否認しているけれども証人狐塚寿、同稲葉キヨの各証言、原告代表者市岡茂一、被告船戸の各本人尋問の結果及び右各供述により成立が認められる甲第一号証を総合すれば右事実が認められ之を覆す証拠はない。

そして証人狐塚寿の証言及び原告代表者の供述及び之により成立を認める甲第三号証の一、二(被告小林は成立を認む)を総合すると原告は右協会に対しその主張のような催告と条件付解除の意思表示をしたこと(この点被告小林は争がない。)及び右協会がその催告期間内に履行しなかつたことが認められるから本件契約は原告主張の日に解除されたものと謂うべきである。

原告は右協会の事業は被告両名の協同事業であると主張するけれどもこれを認める証拠がなく却つて成立に争のない甲第七号証に証人川島たみのの証言及び被告両名の本人尋問の結果を総合すると右協会は被告小林等によつて精神薄弱児の補導を目的として設立されたものであつて昭和三十二年一月十日頃設立発起人会が開催されて被告小林、同船戸外五名が理事となりその会長には理事の互選で被告小林がなり被告船戸は常任理事となり右協会の運営にあたつていたことが認められるから右協会の事業は被告両名の個人的共同利益のための共同事業でないものと謂うべきである。

被告等は右協会は人格のない社団であると抗争するけれど人格のない社団というためには、団体としての組織を備え、代表の方法、総会の運営、財産の管理等社団としての重要な事項について規定をなしこれに従つて社会通念上の取引の主体として活動する人的集合体であつて相当強固な経済的基礎を有することを必要とするものと解するを相当とすべきところ被告等はこの点について何等の主張も立証もないから右協会を人格のない社団と認めるわけにはいかない。

ところで前記証人稲葉キヨ同狐塚寿の各証言及び被告船戸本人の供述を総合すると被告船戸は右協会の常任理事として協会の事業資金を獲得するため本件手帳の販売を企図し原告と本件契約を結んだこと。被告小林は右協会の会長として被告船戸の発案を承認し甲第一号証の注文書を協会事務員に作成させたことが認められ右認定に反する被告小林本人の供述は措信できず他に右認定を覆す証拠がない。そうすると人格のない社団としての右協会が認められないこと前叙認定の通りであるから被告小林同船戸はいずれも代表又は代理すべき社団が存在しないのに拘らずその代表者又は代理人の資格で原告との間に本件契約をしたものであつて、この関係は無権代理の場合と類似するところであり、而して原告を代理した狐塚寿は当時被告等に代表又は代理の権限がなかつたことを知り又は過失によりこれを知らなかつたものとは認められないから民法第百十七条第一項の規定を類推適用して原告は被告等に対し夫々損害賠償を求めうるものと謂わなければならない。

よつて損害額について按ずるに、原告は残品二万八千冊の手帳は被告等の指示により作成したものであつて生徒用の特殊のものであるから市販することが出来ず結局廃品として屑物同様に処分する外はないと主張するけれどもこの点に関する狐塚証人及び原告代表者の各供述はたやすく措信できず他に之を認める証拠がなく却つて本件手帳であること争のない甲第八号証と原告が現に学生手帳として市販中の甲第九号証の手帳とを比較検討してみると本件手帳が廃品であつて屑物同様の価格しかないものとは到底認めることが出来ない。そして右狐塚証人の証言によれば前記甲第九号証の手帳は一冊の売価が金二十円、その卸値が金十一円五十銭であること、及び本件手帳の製造原価は一冊について金八円五十六銭であることが認められる。以上認定した事実から考えると本件手帳は少くとも右製造原価の一冊金八円五十六銭で市販出来るものと謂うべきである。そうすると原告の蒙つた損害は前に認定した本件手帳の契約代金一冊について金十一円と右金八円五十六銭との差額金二円四十四銭の二万八千冊分合計金六万八千二百二十円と謂うべく従つて被告両名は各自原告に対し右金員を支払う義務があるものと謂うべきである。

以上説示の通りであるから原告の本訴請求は金六万八千三百二十円及び之に対する訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和三十二年八月十九日から完済まで商法所定の年六分の損害金の支払を求める限度においては正当として認容すべきであるがその余の部分は失当として棄却を免れない。

よつて民事訴訟法第九五条第九二条第九三条第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 花淵精一)

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